2009年2月、首都劇場へ老舎の話劇「茶館」をみにいきました。私の尊敬する作家 中薗英助氏の著書「北京飯店旧館にて」で、中薗氏が40年ぶりに中国を訪れようという気になったのは、池袋でこの茶館を見たからだと記している箇所があります。

幕があいて氏の耳に聞こえてきたのは、北京で昔から庶民の遊びとして知られている鳩笛がヒョウヒョウとなる音だったそうですが、今回、私もまた注意深くきいていると、ヒョウヒョウよりももっと力強い鳩笛の音が会場に響き渡っていて、北京の冬というのを実感させる季節の音色だということを改めて感じました。

三幕に分かれているこの劇は幕と幕の間に20年くらいの時間があり、幕毎にそれぞれの時代を切り取りつつ、その激動の時代の中、時がたっても変わることのなくそしてどうすることもできない庶民のつらさや、彼らが時代に翻弄されていく姿を描いています。

”常四爺”を演じた濮存マの演技力は、もう本当に素晴らしいですね。三幕目にでてきた年老いた姿は、どうやっても本来の彼の歳を想像できません。馮遠征のあの個性的というか強烈さも印象的。あの人はああいうずば抜けた個性的な役が本当にしっくり来る人です。
映画の「非誠勿擾」でもゲゲッという役で登場してきましたが、またしても・・って感じでしたね。とにかく登場人物が多く、それらがみな幕毎につながっていったりしてるので登場人物を覚えるだけでも一苦労。

あの激動の時代があって、そして今がある。どの国でもそういうことはいえると思いますが、でもあまりに現代の中国の状況と違っていて、とても同じ国の事とは思えません。でも、幕がかわる毎に、時代によって人々の髪型がかわり服装が変わるけれど、人間の本質というものはあまり変わってはいないのが、目に見える変化よりも浮き彫りになってる感じがしました。

セットの茶館は初めは相当美しい木造の姿なのですが、比較的現代に近い年代の三幕目では、もうあちこちにコンクリートで建て増しがされていて美しい木彫りも隠れてしまい、かえって今の時代には親近感さえわく見慣れた光景。今でもまだ残されてるああいった古い建物、当時は本当に美しい姿をしていたのでしょうね。

清朝の時代、そして民国の時代、めまぐるしく『上』は変わっていっても、庶民にとっては生活が変わるどころかその激動の時代は生きづらい時代であるだけ・・・。

それでも。やっぱりこの時代に憧れてしまうのはどうしてなのでしょう。私にとっての3時間ちょっとのタイムトリップ。はっきりいってチケットはびっくりするくらい高かったですが、それだけだす価値は十二分にあった話劇でした。