展覧館劇場にて、たった二日間だけ公演してるときいて早速見に行った、老舎の作品「月牙儿」。大きな劇場ですが、お客さんはかなりはいってて満席に近かったんじゃないでしょうか。主演は実力派女優の斯琴高娃。お客さんの入りは、彼女の人気を物語っているよう。

月牙儿は老舎の小説で、斯琴高娃は20年前に映画版”月牙儿”で母親役をやったことがあって、今回は同小説の話劇版。長年の思いがかなって総監督と主演という立場で20年前と同じ役柄を演じたのだそう。

このお話しの内容は、旧社会における母娘二代にわたる女性の悲劇というものを浮き彫りにしていて、当時の女性の地位の低さや、生きる為には妓女になるしかなかった当時の社会の悲惨な様子を物語っていますが、主人公である娘 ”虫儿”の悲しみの心を代弁するような三日月(月牙儿)の存在が、物語りによりいっそう物哀しさを募らせていて、影の主役といった感じです。

父親が早くになくなってしまったところから、虫儿と母親の悲劇がはじまるわけですが、彼女たちの運命が刻々と変化していく、それらの不幸が出現した時、空にはいつも三日月があり、物語中に三日月は何度も何度も現れます。

今までの私の中での三日月は、なんとなく、これから丸くなっていくであろう月のすっきりとすがすがしい雰囲気があったのですが、ここでは三日月のなかに彼女達の哀しみ、絶望、といった感情がこめられていて、そのつど主人公の心の代弁をしてるそのはかない存在は、満月ではなく三日月だからこそ、消えてなくなりそうでとても哀れ。

二時間たらずの劇でしたが、迫真の演技で、どうすることもできない当時の女性の悲劇的な感情が舞台からあふれでてくる感じで、なんとも悲しい気持ちになりました。

ただ残念だったのは、音響がうるさすぎたこと。そこまで大音響にする必要はあったのか?というほど、時折耳をつんざくほどの音楽がかけられたりしたので、耳を覆いたくなるほどでした。

見に行った日が北京での最終日だったのですが、公演をおえ最後のカーテンコールでは観客のほぼ全員が総立ちしての拍手。斯琴高娃は興奮を隠しきれない様子で舞台の袖から何度も何度も現れては、みなに手を振ったりお辞儀を繰り返していました。最後は転んですべってしまっていたほど。

同じ老舎の作品、駱駝祥子で有名になった彼女にとって、老舎の作品には並々ならぬ思いをいだいていたそうですが、舞台劇の月牙儿はいつかはと長年思っていた作品だったそうで、感激もひとしおだったのでしょうね。
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